カヌー体験とアートの原子

私は今年の夏、美術部の活動としてカヌー体験に参加した。

なぜ美術部がカヌーをするのか?あの時の私は疑問に思っていた。

今思えば恥ずかしいことだが。

6月の埼玉・吹上は暑かった。

今回我々は埼玉県の市民団体の方々と共に、元荒川流域の人々との交流と元荒川の再発見を目的としたカヌー体験に参加した。

現地につくとライフジャケットなるものをもらった。これは水に落ちた時の為だ。これが暑い。水に浮かぶ為の空気が見事な保温効果を発揮して、体温が異常に上がるのだ。 

それに加えて照りつける真夏の日射しは鬱陶しくて、髪の毛が熱した鉄の様であった。

そんな灼熱地獄の中、いよいよカヌーに乗る時間が迫ってきた。異口同音に唱えられる「乗りたくない。」オールを持たされるといよいよ足が震えてくる。大丈夫だ、落ちることは滅多にない。顧問の教師や経験者の方が皆を励ましている。だがあんまり耳に入ってこない。そんななか部活のメンバーは一人、また一人と舟に乗りこんでいく。とうとう次の次には我々の番だという時である。

他の人のカヌーが転覆した。いくら浅い川とはいえ、へそ辺りまでどっぷり水に浸かりびしょ濡れである。私は自分が服が濡れる感触を想像し顔をしかめた。

一番の鬼門は陸からカヌーへ乗り込む瞬間である。普通のボートとは違うのだ。

もしかしたら…不安が増す。足は震えている。カヌーに足を乗せると私の足の振動が舟に伝わる。震え、振動。この状況では絶対にあってはならないもの。しかしこの状況のために震えが生じるという矛盾。私は足の筋肉を弛緩させた。

この時、体重移動を上手くできずに姿勢がつんのめれば転覆は確実となる。私はいたって平常心を装い、何気なく1歩。成功!カヌーに両足をつけることが出来た。最後の難関、座ることである。この時も体の重心がずれない様、空手で腰を落とす時をイメージした。思ったよりちゃんと乗ることができた。

いよいよカヌーをこぎ始めた。

オールを握る手に力を込める。

最初は上手くいかなかった。もうちょっと左右でバランスを取ってみよう。パートナーと息を合わせる。何度か試行錯誤を繰り返すうち真っ直ぐ進み始めた。気持ちいい。

私は水の上を滑る感覚に酔いしれた。心に余裕が生まれてくると、視界に入る緑は美しく、うっとうしかった日射しも気持ちよく感じる。

自然に囲まれるってこんなに気持ちのいいものなのか。

カヌーの操舵にすっかり慣れてくると、最初の不安が嘘のようだった。

空には白鷺が10羽ほど飛んでいた。私は、自分は飛べないのに白鷺は飛べることを不思議に思い、飛んでいく白鷺の姿を美しいと思った。

その時、私はなぜ美術部の活動としてカヌー体験をしに来たか分かった。

それは楽しいこと、美しいことに直接触れる為だ。

思えば、私は作品を制作するときに冒険心だとか好奇心が足りなかったように思える。未知を避けたり自分の視界に入る範囲のみで、作品制作をしてきたように思える。

一時期の私はほとんどの作品に人の顔を描き入れて顔に固執していた。しかも顔を描くとき基本的に真正面。決められた形や角度から抜け出せずにいた。

そして冒険や挑戦から遠い所に身を置いていた。

本当に美しいものを作るためには美しいものに触れ、多くのことを知り、実際に赴き、感動しなければならない。その感動をどう表現するのかが美術なんだ。

カヌー体験を通じて私は気付かされた。

緑の美しさ、日射しの暑さ、白鷺のかっこよさ、水を滑る気持ちよさ。

私が感じた感覚全てが私のアートの原子となる。全てが私の作品に表現される。

私には自分の作品をもって、多くの人に感動を共有したいという欲望がある。

だから私は作品を作るのだ。

私は小さい頃の冒険心を少しずつ甦らせた。

以前描いた化石という作品。これはただ化石を描き上から土を被せただけのものだったが、画面上に土を直接盛りバーナーで炙ってみたらどうだろうか? 私は作品に新たな進化をもたらしてみたい。画面に土を盛ったりバーナーで炙ることは私にとって新しい挑戦であり、この上なく楽しいはずだ。

次に描く雪山という作品ではどうだろう。自然の雄大さを演出するために、筆を捨てよう。スポンジやビニール袋を丸めて道具として使ってみる。これもまた私にとって冒険だ。今度は割り箸を、今度はたわしを、次はどんな素材?と、どんどんチャレンジしていく。そういえば私は絵画と立体造形しか作っていなかった。今度は映像作品を作ってみよう…

自分がアーティストとして前進する事はカヌーを未知な物の前へ進める事の様なものだと感じた。

そしてオールを漕ぐうちに私は無事ゴール地点までたどり着いた。

カヌーを降り陸地に足をつける。

足場が安定すると私は一抹の寂しさを感じた。

次は何をしようか。何が待ち構えているだろう。

 

私は一歩踏み出した。

高1 クム・ソンギュン